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地元大野台を学ぶ Jimotogaku Oonodai

「水」 ― 大野台の水はどこから ―report

「畑地灌漑用水(はたちかんがいようすい) 大野支線」

活動報告写真

 <大野台七丁目 「木もれびの森」内>
・1957(昭和32)年度に完成した「大野支線」(全長、約8.6km)は、東幹線の「大野分水」で分水し、大野台、鵜野森を経て上鶴間(東林間駅の東方)まで通水しました。
・「大野支線」の遺構が緑道沿いに約300m保存されています。

「日々の暮らしと水」

我々の住む大野台は地形上、水の便が悪く昭和の初めごろまでは林や畑として活用するだけの場所でしたが、約70年前ここに最初に入植した人々は井戸を掘って水を確保し、定住できる環境を整えていきました。
しかし人口が増え、生活様式も変わってくると、井戸による限られた水量では生活用水が不足し、新たな水の確保(上水道)が必要になってきました。
同時に、これまであまり問題としなかった下水処理の問題も表面化してきました。
一方、人口増に伴う建造物(住宅)の増加、道路の舗装化等により雨水の自然浸透にも影響が出始め、行き場を失った雨水が住宅周辺に溢れ出る水害被害も多発するようになりました。
このため、都市化と並行して雨水対策にも本腰で向き合う必要が出てきたのです。
大野台における
@生活用水の確保
A下水処理
B雨水処理
の歴史は概ね左図に示すような変遷をしてきました。






「大野台の地形と水」

地形上からは、現在私たちが住んでいる大野台は相模原台地の上段にある相模原面に位置しています。
ここは、かつて相模川により形成された扇状地であった場所で標高は100m前後です。
上層部は富士山、箱根山噴火で出た火山灰が降り積もったいわゆる関東ローム層が15mから20mの厚さで堆積しています。
この関東ローム層の下には以前の相模川が運んだ礫層があり、大野台地域では海抜80m近傍に地下水脈(本水)があるとされています。
ちなみに大野台の海抜は概ね以下となっています。




大野台公民館 106.7m
御嶽神社   106.3m
大野台中央小 103.5m
大野台中学校 102.7m
第2児童館   104.7m
このような大野台の地に人が居住するようになったのはずっと時代が下り昭和初期に入植者が入ってからでした。
昭和15年、この地に初めて入植した人々は、まず井戸を掘って飲み水をはじめとする生活用水の確保を図りました。
上で述べたように、標高80m近傍の水脈にたどり着くのに25m前後の深さの井戸が必要となったわけです。 

「大野台の水とその歴史」



大野台の地形でも述べたように、水脈まで20m以上。入植した人たちがまず困ったのは水を得ることでした。多くの人が井戸掘りの専門の人を頼み、あるいは近所の助けを借りて自力で井戸を掘ったということです。このあたりでは約25mぐらい掘ってやっと水が出たといいますが上水道施設ができるまではこの井戸から「つるべ」か「手押しポンプ」で水をくみ上げていました。

「畑地灌漑用水(はたちかんがいようすい)」

木もれびの森の中に畑地灌漑用水路の一部が残されています。この用水路は明治の初めから相模原では何度も考えられ、ようやく実現することになったのは戦後のことです。計画は相模川にダムを造り、発電・上水道・工業用水など水利を総合的に行う相模川河水統制事業の一事業として取り上げられました。この時、神奈川県は川崎市・横浜市と同じように新たな水利権が得られたのです。作られた灌漑用の水は沼本調整池で取水され、津久井分水地、下九沢分水地を経て虹吹分水地から相模原ゴルフクラブ内にある東西分水工に送られてきました。そしてここから東西に分かれ、木もれびの森を通る東幹線は藤沢へと延びていました。
しかし、この水はその時期の宅地化の進行で大野台では利用することがなかったといいます。





「大野台の水は酒匂川から」



相模原に上水道が敷設されたのは昭和17年の軍関係施設に引かれた県営相模原水道が最初でした。
このとき周辺の村々も上水道敷設の恩恵を受けるわけですが、このときはまだ大野などごく限られた地域だけで、大野台に本格的に水道が入るのは相模川総合開発事業により
谷ヶ原浄水場の水が神奈川県営水道によって供給される昭和30年代半ば以降となります。従って、水道敷設初期の大野台地区上水道の水源は相模川でした。
その後、都市化による人口増、高度経済成長に伴う工場増により水需要が高まり当初のこの計画は見直されることになります。
昭和49年から酒匂川総合開発事業によりできた小田原の飯泉取水堰で取水した酒匂川の水が
相模原浄水場に送られるようになり、ここでできた水道水が神奈川県営水道により大野台地域にも供給されるようになりました。したがって現在は大野台地区の水源は主に酒匂川水系になります。
(ただし、相模大堰で取水された相模川の水が少量入っています)

「大野台の最初の水道」
大野台5丁目では昭和39年に完成した相模原養護老人ホームに16号線沿い水道本管から水が引かれ、この頃は近隣の人はこの水道を利用する人も多くいました。この水は相模川で取水され、谷ヶ原浄水場から供給されたものでした。
大野台4丁目の場合は同じく国道16号線沿いの本管から相模原ゴルフ場まで引かれていた管から分水し、昭和35年頃各世帯13,500円を負担して上水道ができたと言います。(「大野台第二自治会の歩み」より)
水源は同じく相模川で谷ヶ原浄水場から供給されました。

  

相模原市立大野台公民館

〒252-0331
相模原市南区大野台5-16-38

TEL 042-755-6000